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慶派追跡 in 京都

2014年7月5日(土)


今回は慶派の仏像を巡り京都へ…。

まずは、大報恩寺。
千本釈迦堂という名で一般的には知られています。
此処には、快慶工房が携わった十大弟子、
定慶工房が携わった六観音が、霊宝殿に安置され、
更に洛中最古の建築物である本堂もあり、
なかなか見応えがあります。
個人的には、この本堂を少し引きのアングルで見た時の
雄大さが お薦めの寺院なのですが、
正直、参拝者の数は疎ら…もったいないです。(・_・;)
まぁ、成道会に伴う『大根焚き』の時は、人で溢れるのですが。(^_^;)
でも その分、霊宝殿の仏像達とは じっくり相見える事が出来る!
そんな魅力のある お寺さんです。

次に、蓮華王院。
こちらも一般的には、三十三間堂という名で知られています。
全1032体!堂内の仏像群の存在感は圧巻ですが、
本尊を担当した湛慶(工房)は もちろん、
主に 円派、院派、慶派の仏師達が造り揃えた、
1001体の十一面千手観音群を一同に見比べられ、
更に慶派作と見られる二十八部衆の写実美も堪能できる。
メジャーな寺院ですが、一度は行っておきたい、
そんな お寺さんと言えます。

最後は、東寺。
教王護国寺が正式名称とされる事が多いですが、
この名は中世以降に正式名称として採用された様ですから、
東寺という名も、もちろん正式名称という事になります。
講堂内、羯磨曼荼羅(立体曼荼羅)の仏像群は、
その修理を運慶を含む慶派仏師が担当しましたから、
その後の慶派の作風に少なからず影響を与えたと云われています。
この羯磨曼荼羅の解釈に関しては諸説があり、
書き始めるとキリがありませんので、今回は止めておきますね。(^_^;)

これだけの数の仏像を一度に見る機会は 余りないと思いますので、
たぶん今日のツアーに参加された皆さんにとっては、
『人生で一番 仏像を沢山観た日』 になったと思います。(^◇^;)

では、本日は此れにて…。
m(__)m
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ないっ!

2014年7月4日(土)


せっかく苦労して纏めた とある寺の資料が…ないっ!
内容は ある程度覚えているとはいえ、
何種類もの本や調査報告書から起こした物なので、
またイチから数日【で終われば良いが…】かけて作り直すのかと思うと、
さすがに気が重い…というか、魂が抜ける想いだ。(゜_゜)

出先で置き忘れていない限り、家の中の何処かにはあるはずだと思うと、
直ぐに作り直す気も起きないのが、正直な所…。

資料の管理には気を付けていた筈なのだが、
おそらく暇が出来たら補足を入れようとファイルから出して、
そのままバタバタしている内に、何処かに紛れてしまったのだとは思うので、
可能性を感じる場所を悉く探したにも拘らず、発見出来なかった。(-_-;)

今の心境⇒『生き別れになった息子に早く会いたい気持ちです』
オボちゃんか!(T_T)/~~~



新人さん、いらっしゃ~い!

2014年7月3日(木)


本日は、朝9:00から新人さんの研修…と言っても、
今回は どれ位覚えているかの確認と、
現時点での必要なアドバイスをする事が主な目的なので、
実際に現場を歩き回る研修ではありませんでしたが。(^_^;)

毎年の事ですが、新人の教育をしていると、
今を去る事20年程前、アルバイトとしてですが、
自分が初めて この仕事にチャレンジした時の事を思い出します。

自分で言うのも何ですが、
今よりも生意気で、怖いものも無くて、鼻っ柱が強くて、
でも その分、迷いもなくて…とってもキュートなイケメンでした!<(`^´)>

まぁ冗談はさておき、新人さんと接していると、
ついつい当時の そんな自分【キュートなイケメンだったかは抜きにして】と、
比べたり、重ねたりしてしまいます。

研修段階でも 仕事を任す様になってからでも、
当然 失敗もしますし、成長もしますし、
誠実さ・真面目さも見せてくれますし、
嘘・誤魔化しもやらかしてくれます。【一応 気付いても ある程度までは気付いていないフリはしてますよ(^_^)】
もちろん、私が若い頃に経験したり、やってしまった様な事ばかりですが。(^◇^;)

かつて、『瞬間湯沸し器【表現が古いですけど(^_^;)】』 と友人に言われてた頃に比べると、
最近は私も血走った眼で『怒る』事は少なくなったのですが、
それでも『叱る』事は、必要な時に必要なだけ必要だと思っていますし、
そこで真摯に受け止められない様であれば、『怒る【キレる!?】』事も必要だと思っています。

とはいえ、あくまで目的は 『その子が成長してくれる事』 ですので、
しっかり出来た時には褒めますし、何より私自身が嬉しいので、
逆に褒め過ぎない様に気を付けないと…なんですが。(*^_^*)

という訳で、今、私は どちらかと言えば育てる側にいます。
でも、まだ育ててもらいながら…なのかもしれません。
そこで フッと思いました。
育てる側の気持ちや思考を理解しつつある、
そんな私の事を育てる立場にある人…。
誰とは言いませんが、結構やりづらいでしょうね…。(^_^;)

最後に、この場を お借りして感謝申し上げます。
m(__)m




夏越の大祓~!

2014年6月30日(月)


基本的に、というか この数年間、
6月30日の夏越の大祓と、12月31日の年越の大祓だけには参列出来ている。

半年の間に溜りに溜まった穢れを、ワサッと人形にうつして川に流し、
また半年、新たな状態で頑張りましょう!というのが、大祓のザクッとした話となる。
神様は基本的に穢れを嫌う存在なので、
宗教的には、大祓は初詣等よりも、よっぽど重要な行事という事になる。
ちなみに流された穢れはと云うと、『瀬織津比売』、『速開津比売』、『気吹戸主』とリレーされて、
最終的には海の底に居られる『速佐須良比売』が穢れを無毒化・自然に還してくれる。
自然の自浄作用をイメージさせる、
如何にもアニミズムから始まった神道らしい考え方に基づいた儀式である。

毎年の事であるが、私は大神神社と石上神宮の二社の大祓に参列している。
別に自分が穢れ過ぎているから…という訳ではないが、
何となく一回では足りない様な気がしている。【やっぱり穢れ過ぎかな? (^_^;)】

★まずは大神神社の画像から。

<20140630143328.jpg
祈祷殿の前に造られた茅ノ輪。
御存じの通り、年越の大祓にはない茅ノ輪くぐりが、夏越の大祓にはある。
『水無月の 夏越の祓をする人は 千歳の命 延ぶといふなり』 と、
皆で唱和しながら、3回茅ノ輪をくぐる。
『釈日本紀』に引用された 『備後国風土記』逸文 にある、
蘇民将来の神話で、茅の輪を腰につけて災厄から免れた逸話がルーツとされる。
個人的には、別説をとりたい所ではありますが…。

これとは別に、拝殿前には
三輪の三つ鳥居を模った『三つの茅ノ輪』がある。
その名の通り、茅ノ輪が三つ並んで据えられている。
【写真を撮り忘れました。すんません。m(__)m】
真ん中に杉、向かって右に松、左に榊 の、
三霊木を茅ノ輪の上に掲げたもので、初めての方は思わず戸惑って
『くぐり方の案内板』 を 『んっ?んっ?』 という感じで読んでらっしゃるが、
基本的には普通の茅ノ輪と同じく、八ノ字に回ってくぐります。
(*^_^*)

さて、以下は大祓斎行中の画像ですが、
私自身が参列しながらの撮影ですので、
御見苦しい点は御勘弁を。(^_^;)

20140630151154.jpg
お祓いを受ける神職・巫女さん達。

20140630151531.jpg
天津菅麻(あまつすがそ)を八つに取り辟く神職。

20140630153128.jpg
そして茅ノ輪くぐり。
年々参列者が増えて、祈祷殿前の広場が狭く感じるほど。
もう先頭の宮司さんが、最後尾の参列者が茅ノ輪をくぐるのを待っている状態。
列車で云えば、前に居るはずの運転士が 車掌の後ろに居る状態…何ともです。(-_-;)

★次に石上神宮の画像。

20140630164455.jpg
神籬の前に祭壇が置かれた、斎所。
この日は、御神剣渡御祭・神田神社の御田植神事を行う関係で、
年に一度だけの、御神剣出御の日でもあり、
大祓斎行中は神籬の前に御神剣が立てられる。

20140630170538.jpg
御神剣出御。

20140630170657.jpg
神籬前に立てられた御神剣。

20140630173554.jpg
御神剣を先頭に茅ノ輪くぐり。
こちらも氏子さんだけでなく、多数の参列者。
やっぱり数年前に比べると、明らかに参列者が増えている。
一般的には、茅ノ輪は6月の20日過ぎ位からくぐれる様にしている神社が多いが、
石上神宮では、まず神様自身の大祓が済んでから、人々の大祓を行うという考えなので、
大祓斎行まで茅ノ輪は通行禁止となっている。

20140630175946.jpg
20140630175921.jpg
拝殿前に立てられた幡に掲げられる 『剣』 と 『鏡・勾玉』。

20140630164325.jpg
人の多さに戸惑い、所在なさ気に佇む鶏達。
でも人々が斎所周辺に集まって大祓が始まると、
鬱憤を晴らすように!? 思いっきり鳴きまくってましたわ。(^◇^)

滞りなく、今年も夏越の大祓を受ける事が出来た。
これでまた半年は大丈夫だ!<(`^´)>

と思っていたら帰宅後、健康診断の通知が2通も届いていた。
やっぱり今年は本厄だし、おとなしく健康診断を受けておいた方が良いのかしら…。(・_・;)

清々しい気持ちでは帰ってきたが、帰宅した瞬間、
現実を見る事の大切さも感じさせられた一日でした。









水無月の仕事納め

2014年6月29日(日)


6月最後の仕事は、京都!
化野念仏寺、清凉寺、天龍寺の三ヶ寺を御案内となりました。

基本的に仕事中は写真を撮ったりは出来ませんので、
残念ながら今回も写真はありません。(^_^;)

この嵯峨野と呼ばれる地域は、元来 川の氾濫が多発していた地域で、
お世辞にも人が住むのに適しているとは言えない場所だった…。
そこに入植し、高い灌漑技術で治水に成功して、この地を本願地にしたのが、
古代氏族の『秦氏』という事になります。

また古来より葬送の地でもありました。
特に、愛宕山に最も近い山麓地区は『化野』と呼ばれ、
平安期には風葬の地であった事は、皆さんも御存じではないでしょうか?

今回は広義での 『嵯峨野の寺々』 を巡るコースという事になります。

まず訪れた化野念仏寺は、京都の心霊スポット的な話が先走ってしまっている様ですが、
それだけではありません。
『何故、ここが葬送の地になったのか?』
そんな事にもスポットを当てて紐解いて行くと、
なかなか興味深い場所と言えると思います。

次に訪れた清涼寺は、やっぱり御本尊の釈迦如来さんと棲霞寺御本尊の阿弥陀如来さん!
残念ながら阿弥陀如来さんは公開時期ではなかったので見れませんでしたが、
釈迦如来さんは御開帳して頂きました。
日本の仏像の中では異彩を放つ その形式は清凉寺式釈迦如来と呼ばれ、
全国に約100体の模刻像が存在します。
その後の日本の仏像に、造形面では多大な影響を及ぼしたとは言えませんが、
中国で造られ、海を渡って来られた仏像だけに、仏像史を語る上で非常に貴重な存在と言えます。

最後に訪れたのは天龍寺。
足利尊氏が、亡くなった後醍醐天皇の為に建立した禅寺ですが、
その前身は亀山天皇の離宮である『亀山殿』等の邸宅や山荘でしたので、
その名残を留める庭園が見所となります。
約1200坪程の面積を有する庭園は園内を散策でき、
今回は紫陽花が見事な彩りを見せてくれていました。

奈良語り部の会…ですが、
今は京都シリーズや歴史シリーズのツアーを御案内させて頂いている関係で、
【案内日記】では暫く京都や その他の地域の記事も載せる事になるかと思います。(^_^;)
【徒然日記】では、奈良に関しての記事も載せて参りますので、
宜しければ、御一読下さい。(*^_^*)

正月を迎えたな…と思っていたら、
あっ!という間に半年が過ぎてしまいましたね…。(・_・;)
ここ数年、時の流れの異常な速さに圧倒されてる感じがしてます。
まぁ順調に!?、歳を重ねている証しなのかもしれませんが。(-_-;)

では、本日は此処まで!ありがとうございました。
m(__)m
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